旧・無印吉澤

昔はてなダイアリーに書いていた記事のアーカイブです

また一つ減ってしまう? IPv6の出番(ITPro)

http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20040608/145476/

(とりあえずリンク先をご覧ください。結構長いです)

この記事の主題である「Emotion Linkのような技術によってIPv6のメリットがかすむ」という意見について、僕は半分賛成で、半分反対です。

まず賛成の部分について。

● 端末間通信の需要がIPv6普及の足がかりになる、とは思えない
この記事でも同様の主張が行われているのですが、記事中では端末間通信に関するIPv6のメリットが完全になくなる、というところまでは言い切っておらず、逆に端末間通信の需要がIPv6普及の足がかりになる可能性も示唆しています。

IPv6のメリットの一つは,インターネットにつながった多様な端末(コンピュータだけでなく,ネット家電などを含む)が直接やり取りする「双方向通信」が実現しやすいことだった。だが,IPv4のままでも端末間通信を容易にすることを狙った「Emotion Link」によって,IPv6のメリットはかすんでしまうかもしれない。逆に,端末間通信のメリットが認知され,IPv6への注目度が高まる可能性もある。

(中略)

もっとも,Emotion Linkは開発者たちは,Emotion LinkがIPv6の出番をなくしてしまうとは考えていない。そもそもフリービットは「Feel6 Farm」というIPv6接続実験を行ったり,IPv6ベースのIP電話サービス「FreeBit OfficeOne IPビジネスホン」を提供する(関連記事)など,IPv6を推進する企業の1つである。Emotion LinkはFeel6 Farmと同時に開発が進められていた。

この話は一見「キラーアプリが出現すればIPv6は普及する」というIPv6キラーアプリ説に沿っているように見えます。しかし、IPv6を全面採用できるような分野と、Emotion Linkなどを使ってIPv4でなんとかしなければならない分野は、全く独立なのではないでしょうか? 言い換えれば、前者はある程度閉じた範囲で済む分野、後者は現在のIPv4インターネットに接続する必要がある分野です。これは「IPv4でもIPv6でも同じ事が出来る」ということでフリービット自身の営業のアピールにはなるでしょうけれど、IPv6普及のためのアピールにはならないような気がします。

● 専用のリレーサーバによるNAT越えの有効性
Emotion Linkのような、特定の状況でのNAT越えに専用のリレーサーバを使うソリューションが今後の主流になる可能性がある、という点についても同意見です。

NAT越え(NATトラバーサル)では、外部の通信相手のIPアドレスやポート番号によって、割り当てるポート番号が頻繁に変えてしまうSymmetric NATが問題になるのですが、全ての通信を中継するリレーサーバを使う場合にはそのようなSymmetric NATを越えた通信も可能になります。STUNやUPnPを使う場合には、NATがSymmetric NAT以外の場合でも相互接続性などが問題になることがあるらしいのですが、そのような問題にも煩わされづらいところもメリットです。具体例としては、最近のMSN Messengerがこのような方法でSymmetric NATのファイル送信をサポートしているそうです。

ただし個人的には、Emotion Linkは、そのようなリレーサーバを使う方法の中ではあまり良くない方法なのでは?という気もします。Emotion LinkとTeredoは「NAT越えのため”だけ”に独自技術を使う」という点が共通していますが、それだけではなく、実際の通信に使われるパケットを独自技術でカプセル化しているためにファイアウォールでの制御が難しい点まで、Teredoと共通しているからです。さらに、Emotion Linkをインターネットへの接続に使う場合にはクライアント毎に1つのグローバルIPv4アドレスを必要とするため、この方法を選択できる企業や国は限られるでしょう*1

リレーサーバを使ってNAT越えをする方法としては、IP電話の世界で注目されつつあるセッションボーダコントローラ(Session Border Controller; SBC)*2が良い例です。以下のサイトはKagoor NetworksのVoiceFlowという製品のサイトですが、SBCの一般的なパターンの説明としても分かりやすいかと思うので紹介します。

Kagoor Networks: Product & Applications Overview
http://www.kagoor.com/products___applications__overv.html

SBC機器は比較的新しい部類の製品のため、既にキャリア等の顧客を獲得している企業の製品だけでもかなりの種類があるのですが、それらが共通して持つ機能には

があります。つまり、IP電話に関するファイアウォール機能だけをSBC機器に委譲することができるため、Emotion Linkとは異なってファイアウォールの迂回に使われることはなく、企業でも安心して導入することができます。日本でもFusion Communicationsが採用している*3ように、SBC機器は(カタログの性能を信じるなら)十分実用に耐えるようですし、このようなNAT越えの方法が今後の主流となることを予感させます*4

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で、ここからは反対の部分。

● 端末間通信のためにIPv6を採用することは無くなる?
それは無いと思います。NAT越えのためだけに高価な設備投資や、余分な開発をする余力の無い個人や企業にとっては、端末間通信のためにIPv6を採用するメリットはあると思います。また、企業内で有無を言わさずファイアウォールを押しつけられるような場合とは違って、(今後もそうあり続けるかはともかく)一般ユーザにはISPやキャリアによる管理を嫌う人も多いので、一般ユーザを対象としたソフトウェアではIPv6の方が有用ではないかと僕は思います。

ただ、それが世間のIPv6普及を後押しすることになるかと言われると、ちょっと……ですけど。とりあえず「企業が」IPv6を推進するメリットは「また一つ減ってしまった」と言ってもいいのかもしれません。

*1:一方、Teredoは1つのグローバルIPv4アドレスから複数のグローバルIPv6アドレスを生成可能。

*2:単にセッションコントローラと呼ばれることもあるよう?です。

*3: Fusion Communications First Japanese Carrier to Deliver New VoIP Services in Japan With Production Deployment of Acme Packet Session Border Controllers (http://www.acmepacket.com/html/news/pr_092203_fusion.htm)

*4:まぁ、セッションボーダコントローラについてはNAT越えの機能だけではなく、課金やQoS制御、CALEA(米国盗聴法)の管理を集中化できるというメリットがあるので、単純にこう言えるものではない可能性もあるんですけど……。